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皆様の体験談

阪急阪神不動産でマンション建替えを実現した
お客様にお話をお伺いしました。

阪急阪神不動産でマンション建替えを行った権利者様に建替えの検討から実現に至るまでの体験談を語っていただきました。貴重な声を、皆様のマンション建替えにご活用ください。

過去の主な取り組み

※インタビューは2017年11月当時の内容です。

豊中市の中でも先駆けてマンション建替えを実現。
14年の歳月を経た建替え実現までの経緯をお伺いしました。

ジオメゾン新千里東町 権利者座談会出席者
深谷第二住宅建替推進委員会 委員長/河瀬様、委員/長屋様、委員/上田様、権利者/新居田様、事業主:阪急不動産/古谷

  • 従前の建物(深谷第二住宅)

  • 従後の建物(ジオメゾン新千里東町)

建替えの概要

建替え前の「深谷第二住宅」は、1968年に大阪府住宅供給公社から分譲された住戸数120戸の団地でした。1990年に「建物リフレッシュ検討委員会」を立ち上げ、建替えへの検討を重ねながらも、社会情勢の変化により協議は中断。その後、協議を再開し2001年に全員合意による建替え決議を実現しました。阪急不動産(当時阪急電鉄)は、プロポーザルコンペにより1995年9月の臨時総会で事業協力者として選定されました。

建替え検討のきっかけについてお聞かせください。

私たちが住んでいた「深谷第二住宅」は、1968年に建設された団地でした。初めての持家ということで当初は誇りに思っていた団地も、年数が立つことでいろいろなところが傷み出しました。特に設備面での設計が古く、電気容量が小さくブレーカーが落ちることもしばしば。水回りも水漏れが目立ちはじめていました。また、建物の老朽化とともに私たちも高齢化していくので将来に対する不安もありました。同時期に近隣の団地で建替えの検討が進んでいたこともあり、私たちも管理組合の理事会メンバーを中心に1990年に、「建物リフレッシュ検討委員会」を発足し、建替えのほか、建物を補修してこのまま使うのか、補修の上増築するのかを含めて検討を開始しました。

建替えを前提として話を進めてしまうと住民の方も戸惑うので最初は全世帯にアンケートを実施し、建物の問題点や課題を洗い出していきました。その後、大阪府住宅供給公社にヒアリングし、修繕・改修費用などを試算しました。また、自主的な勉強会や研究会も行い、建替え後のマンションの模型を手作りでつくったりもしました。この模型が住民説明会でも活躍したんですよ。その後、再び住民の方へアンケートを行った結果、9割以上の方から建替えを進めたいという意向をいただきました。

建替えが長期間にわたった理由についてお聞かせください。
  • 河瀬様

  • 長屋様

  • 新居田様

建替えへの情報収集などは順調に進んでいたのですが、バブルの崩壊があったことで、等価交換による建替えの可能性が予測できなくなってきました。そこで、千里ニュータウン内でマンション事業経験のある企業や住宅・都市整備公団(当時)にアンケートを取ったところ、市況的に今すぐ事業に参画するのは難しいという回答をうけ、一度計画を中断することにしました。

計画を中断してから1年後にもう一度住民の方の意向を確かめましたが、建替え自体に反対している方は少なく、私たち委員会に任せるという意見をいただきましたので検討を再開しました。それからは学識経験者やコンサルタントにヒアリングを行ったりしながら検討を進め、ようやく1994年に「建物リフレッシュ検討委員会」を「建替推進委員会」へと変更し、建替えの検討を具体化させていきました。

コンサルタントの提案もあって、デベロッパーを公正な視点から選出できるようにプロポーザルコンペを行うことにしました。6グループが応募していただいたのですが、その中で、経済面だけでなく、隣接団地への影響等まちづくりへの配慮をした計画案を評価して阪急グループ(以下、「デベロッパー」)を選出しました。

もちろん提案も良かったのですが、ゼネコン等の大企業が倒産するような社会情勢がとても不安な時期でしたから、みんなの根底には信頼できるデベロッパーにお願いしたいという気持ちが強かったと思いますよ。

その後、提案していただいた計画案を元に、住民全体からアンケートを取り、計画案の修正をデベロッパーと共に行っていきました。
住民からの質問や疑問に対しても一つひとつ丁寧に、建替え推進委員会も率先して答えていきました。

アンケートも何回も行って、計画を見直したり、住民説明会や相談会も頻繁に行ったので、デベロッパーも大変だったと思います。

ただその後もバブル崩壊の影響は続き、土地やマンションの値段はどんどん下がっていきました。
そんな時に、デベロッパーも苦渋の決断だったと思いますが、還元条件を見直したいという申し入れがありました。

還元条件が下がってしまうという話があったときはすごく困りましたね。建替えをこのまま続けるかどうかで住民同士でかなり議論になりました。ただ、ここで話を潰してしまうと『もう二度と建替えはできないかもしれない』と委員長の河瀬さんが非常に危機感を持たれて、住民の方々を引張ってくださいました。

私たちとしてもできるだけ当初の計画通り進めたかったのですが、経済状況は悪化する一方でした。申し入れをした後は1年くらい膠着状態があったと思います。私たちはお待ちするだけでしたが、委員会の方々はいちばん苦しい時だっと思います。河瀬さんから、条件はともかく、建替えを前に進めたいと言っていただいた時は本当にうれしかったです。

デベロッパーとはお互い腹を割って話し合えたことで私たちも解決の糸口をみつけることができました。この時以降、建替えを実現するという共通の目標に向かって、お互い協力し合いながら進めようという信頼関係が築けた気がします。2000年の建替え説明会では新しい還元条件を区分所有者の方にお伝えし、全世帯から「マンション建替え基本同意書」を回収でき、念願の全員合意による建替えが実現できるようになりました。

行政協議や近隣協議で苦労したことをお聞かせください。
  • 上田様

  • 古谷

当時千里ニュータウン内では、建替え後の建物が現在よりはるかに大きくなることで、建替え住民と近隣住民との軋轢が発生するという事態が起こっていました。このため豊中市は千里ニュータウン内の建築に対して、近隣住民への配慮から法定容積率を下げるという指導方針を導入したばかりでした。一旦下げられた容積率を緩和してもらうため近隣に配慮した計画が必要だったため豊中市との協議は苦労しました。

先程の方針も運用を始めたばかりですし、そもそも建替えそのものの事例が豊中市でもほとんどなかったことから、市も少し手探りの感じはしました。行政協議はデベロッパーが行っていましたが、私たち住民も可能な限り同席するようにして、私たちが近隣住民に対して丁寧に説明して計画を進めていることや、私たちが建替えを待ち望んでいることを、豊中市に熱意を持って伝えました。

豊中市は概ね、私たちに好意的であったと思います。

近隣協議でもデベロッパーにお任せするのではなく、私たちも可能な限り出席して、計画の説明を行い、ご理解を求めました。厳しい言葉をいただいたこともありましたが、今まで地域でいっしょに生活をしてきた方々なので、丁寧に接することで最終的には分かり合えたと思います。

都市計画でつくられたニュータウンなのに、隣との境界がなかなか確定できなかったり、登記や行政手続きに住民全員の同意書が求められたりと、納得出来ない困難がいくつもありましたが、デベロッパーといっしょに一つひとつ解決していきました。

私たちが先例になったおかげで、その後に続く建替えは比較的スムーズに進んでいたように思います。

阪急不動産に任せて良かった点をお聞かせください。

都市景観という点から考えると、建替えを行う以前よりはるかに大きな建物が建つことになり、街全体の景観への影響は非常に大きい。デベロッパーはそういったところも良く考えていたなと思います。

「ジオメゾン新千里東町」では敷地にセキュリティを設けていません。従来から続く地域とのコミュニティを大事にしたかったからです。当初デベロッパーは商品力が下がると難色を示していましたが、最終的には私たちの考え方を受け入れてくださいました。屋上庭園では、近所の子どもたちが遊んでいますし、地域の方も招いて盆踊りも開催しました。色々な考え方があると思いますが、個人的にはとても良かったと思っています。近隣の方が敷地に入ってこられた際には『このマンションいいですね。』という意見をよく聞きます。

最近の新しいマンションは非常にセキュリティを重視しているようですが、私からすると窮屈で、息詰まるような感じがしますね。ああいうところよりこっちのほうがいいです。

建替えは住民の方々といっしょに進めていく訳ですから、住民の方々がどんな新しい住まいを求めているかを私たちはいちばん大切にしています。デベロッパーとしての考えもありますが、話し合いをしていけば理解し合えると思っています。住戸のバリエーションについても、住民の方々がそれぞれの家族状況や経済事情に合った住戸が選べ、出来るだけ万遍なく行き渡るように、何回もアンケートを行い、何回も設計変更を行いました。住戸の中の仕様については、主婦の方を中心に、キッチンのタイル選びまで協議させていただきました。

いくつも問題が起こりましたが、デベロッパーとの間で信頼関係があったからこそ、お互い思ったことを言い合うことができた。やはり建替えはデベロッパー任せではなく、住民とデベロッパーが一体となり、時には対立もするけれど意見を出し合うことでお互いが納得する。そんな関係を築けたことが今回の成功につながったと思います。

※インタビューは2017年12月当時の内容です。

一度、建替え協議の中断がありながらも、
95%の高率で建替え決議が実現できた理由を伺いました。

ジオ千里中央 座談会出席者
新千里北町第二団地/管理組合理事長・ジオ千里中央/第一期・第二期理事長 室田様、新千里北町第二団地/建替え推進委員長 宮﨑様、事業主:阪急不動産/小津、飯沼

  • 従前の建物(新千里北町第二団地)

  • 従後の建物(ジオ千里中央)

建替えの概要

建替え前の「新千里北町第二団地」は、1967年に旧日本住宅公団により分譲された集合住宅でした。2010年に阪急不動産が事業協力者に選定され、建替え基本計画を策定。2012年3月に団地一括建替え決議が95%の高率で可決されました。その後、建替え推進委員会を中心とした権利者様同士の信頼関係と迅速な情報共有により従前資産売買契約・住戸明渡しが順調に進み、同年9月末には建替え決議から半年という短期間で全戸明渡しが完了しました。新しく建設された「ジオ千里中央」は、総戸数514戸、地上6~15階建の8棟と様々な用途で利用できる共用施設を配した共用棟1棟で構成されています。かつて「新千里北町第二団地」に存在した象徴的な動物モニュメントを「ジオ千里中央」では、新築の“陽だまりの庭”に移設し、往時の記憶の継承を図りました。

建替え検討のきっかけについてお聞かせください。

宮﨑様

阪神淡路大震災の影響で建物にクラックが生じたこと、居住者の高齢化が進んでエレベーターが無いから移動に支障をきたすなど、社会環境の変化もあり団地の中でも様々な問題が出てきました。

築40年余りを経過し、団地共用部分の維持管理は適切に対応しましたが水道管、ガス管、電気容量等々の設備や建物自体の老朽化が進み、安心安全に住み続けることが困難になりました。大規模修繕も検討しましたが、それに伴う多額の費用に対しての効果が望めないため、建替えの方向に検討を一本化しました。

苦労したポイントや建替え実現のポイントについてお聞かせ下さい。

2007年に一度事業協力者を選定して建替えを進めていたのですが、リーマンショックによる経済変動の煽りで一旦中断せざるを得なくなりました。でも建替えしか団地再生の道はないという思いから、事業協力者選定を通して面識のあった阪急不動産に相談に行きました。そうしたら快く協力すると言ってくれました。

室田様

お話をお聞きする中で、建替えに対する熱意をすごく感じましたし、機運を消したくないという思いが伝わってきました。経済変動があった直後なので事業協力体制の構築が難しい時期ではありましたが、このような熱意をもった方々と建替えを実現したいと強く思いました。

阪急不動産の進め方は堅実でした。最初は固すぎるぐらいに思いましたが、建替えのノウハウを持っているのでいいところも悪いところも知っている。だからこそ事業を堅実に進めてもらったんだと思います。

あのタイミングを逃していたら、建替えは今でもできていなかったと思います。建替えは気力も体力も必要です。年を取ると引越しや仮住まいをするのも大変なんです。区分所有者は、団地内に居住する人と外部に居住している人の2つに分かれます。検討を進めていくなかで、建替えに対する考え方が異なる場合も見受けられました。住んでいるからわかることもあれば、外にいるから見えることもあります。住んでいる立場としては、思いを共有する難しさがありました。

所有者として顔を合わせる頻度は重要だと思いました。同じ所有者だからといって何事も思いが通じるわけではありませんでした。
でも粘り強く話合いの場を持つことで最終的には理解を示してもらうことができました。

小津

外部居住者の合意形成は阪急不動産にも大いに手伝ってもらいました。きめ細かく対応してもらったことも奏功して、最終的には当初の期限内に全員が建替えに賛成してもらえたのだと思います。

デベロッパーがお話に行くと構えられるケースもあります。そのような場合は建替え推進委員会の皆様に顔つなぎをしていただいたり、同行していただいたりと役割分担して協力しながら進めていけたことが大きかったと思います。

阪急不動産をパートナーにしてよかった点についてお聞かせ下さい。

飯沼

一番よかったのは担当者の人柄がいいということ。話し合いを重ねて、打ち解けたし、団地で毎年恒例の夏祭りや冬祭りを行っていたのですが、必ず来てくれました。阪急不動産の担当者は地権者とのコミュニケーションを大切にしてくれる。人間味のあるお付き合いで、安心できたのが一番大きかったでしょうね。高齢者の一人住まいの方からも評判がよかったので理事長として非常にやりやすかったですね。

従前の新千里北町第二団地があった証を残したいと阪急不動産に相談したのですが、すぐに検討してもらって新設する広場の片隅に従前団地の写真をレリーフとして残してくれました。また、従前の団地内公園に置いてあった動物の形をした遊具を広場で再利用してくれました。地権者の思いをくみ取ってもらって感謝しています。

※インタビューは2017年11月当時の内容です。

店舗・事務所の移転をサポートしながら、
2団地同時建替えを実現された経緯についてお伺いしました。

エスノイエ座談会出席者
エスノイエ管理組合/白石様、事業主:阪急不動産/森田

  • 従前の建物(境川住宅)

  • 従後の建物(エスノイエ)

建替えの概要

建替え前の「境川住宅」は、1964年に大阪市住宅供給公社が建設。土地は公社が所有し、建物の低層部(店舗・事務所)を借地権付区分所有建物として分譲、上層部(住宅)を公社が賃貸住宅として運営。築50年経過しており建物が老朽化し耐震性に問題がありましたが、公社以外の区分所有者様が多数おられ、建替えが困難とされていました。そのような中、境川住2011年に建替え推進決議が成立し、同年12月に阪急不動産が事業協力者に選定され、2012年8月に建替え決議が成立。新たに建設された「エスノイエ」は、1階の店舗事務所部分を公社以外の区分所有者様が再取得。上層階の住宅部分を公社が取得し、個性ある賃貸住宅となりました。

「境川住宅」の建替えを行った経緯についてお聞かせください。

白石様

築50年以上前に建てられた団地だったので、建物の老朽化はひどかった。耐震性も現行法に適合しないとかで安心して暮らせる環境とは言い難かった。だからいつかは建て直しをしなければという思いはあったけれど、ご自身でご商売をされている方や住宅と店舗を両方所有されている方がいらっしゃった。
そのような方にとっては店と住宅を両方引越ししなければならなかったので簡単に話は進まなかった。そのような中、2団地同時に建替えれば、等価交換条件がよくなるという提案をしてくれたことで話が進みました。

「2団地同時建替え」という考えは、公社とコンサルタントのコム計画研究所が提案されたもので、事業協力者のプロポーザルコンペにいても2団地同時建替えが必須条件となっていました。

プロポーザルコンペでは満場一致で阪急不動産に決まりました。私たちはあまり難しいことは分かりませんが、等価交換の条件が良かったこと。また、阪急不動産は誰もが知っていて信頼できるデベロッパーであり、同時建替えという面倒なケースでも安心して任せられることも大きかったと思いますよ。

店舗・事務所の移転先手配などについてお聞かせください。

森田

私は自分が商売していたわけではないので、そこまで大変ではなかったけれど、自らご商売をされている方は建替え期間中、そこで商売ができないのですから代わりの店舗を見つけてもらわなければならない。

住宅の移転・仮住まいの斡旋は、公社さんが窓口となり親身になって対応されていまいた。当社は、店舗・事務所の移転・仮店舗の斡旋をお手伝いさせていただきました。区分所有者様が希望される「既存建物に近くて同条件」の空き店舗がなく、地元の不動産業者に物件情報を紹介していただいたり、ローラー作戦で空き店舗を探しました。これまで、マンション建替えの経験はありましたが、住宅と店舗・事務所が併設された建替えを初めて担当させていただき、私自身にとって良い経験となりました。

建替えがスムーズに進んだ理由についてお聞かせください。

やはり阪急不動産が尽力してくれたことが大きかった。特に森田さんはとても真面目だしできないことはできないとはっきりいうし、できることは一所懸命がんばる。事業協力業者に選定されてから森田さんが何度も区分所有者のところに足を運び対応されて本当に大変そうでしたよ。

今回の建替えは南堀江住宅と同時に建替えることが必須条件でしたから両物件の合意形成を同時並行で行う必要がありました。双方の区分所有者様間に温度差があったので難航すると思っていましたが、区分所有者様と何度も個別面談を行った結果、信頼関係が構築できたことが大きかったかもしれません。

自ら商売されている方もおり、みんな考えていることが違っており、一時、建替え検討委員会が開催できない状況になったことがあった。

その時は、白石理事長にはご協力をいただき感謝しております。理事長みたいな皆様の話を汲んで集約してくれる方がいらっしゃらないと建替えはなかなか進みません。建替えは私たちデベロッパーが行うものではなく、区分所有者の皆様といっしょに行うものですから。今回のような特殊な案件でも比較的短期間で建替えが行えたのは、皆様と私たちがしっかりとお話し合いができたことが大きいと思います。

本音をいえば、私は別に建替えをしなくても良かった。でも、この建替えをしていい建物になれば、将来子どもに安心して相続することができる。建替えは、短期間で考えると私のような年寄りには損かもしれないけれど、30年、50年と考えたらこの建物は、大阪市住宅供給公社と阪急不動産が建てたものだから信頼あるものができる。そういう確信があったから建替えに向けて私も積極的になれた。

建替え後の関係と建物管理についてお聞かせください。

エスノイエ住宅

いまは理事長をしています。実は、建替えた後に森田さんから打診があって理事長をすることになりました。きっと使い勝手も良かったんだろうね。

建替え後は、なかなか区分所有者様とお会いする機会がないのですが、白石理事長とは、管理組合の運営の関係もあって年に数回お会いしております。

建替え前は、団地に管理組合の機能はなかったけれど、自治会組織があった。住宅部分は公社が独自に補修を行い、店舗部分は店舗の自治会が補修するそんな複雑な事情があり、いろいろと問題があった。

エスノイエ店舗

境川住宅は、区分所有法ができたかできないかぐらいの時期に建てられた団地だったので、自主管理で管理規約もなくその辺が曖昧だった。今は管理組合もでき、管理規約もありますし年に1回は総会をしますので、そこで管理状況が確認できます。また、5年毎に長期修繕計画を見直すことになっていますので、適切な建物維持管理ができると思います。その時は理事長に仕切っていただきたいですね。

なんかずっとやらされそうな気がするよ。でも森田さんはよく動いてくれている。本当だったらそろそろ理事会と距離を置かなければならないのだけれども何回も足を運んでくれるから私も頑張れる。

他の区分所有者様も白石様が理事長に適任だと思われていると思います。引き続きよろしくお願いします。最後になりますが、マンションの建替えは協議から竣工に至るまでスパンが長いので、苦労はありますが、完成した時の喜びは大きいです。そして、区分所有者の皆様に人間的にも育ててもらい感謝しております。